月下星群 〜孤高の昴

    其の十八“豊穣祭にて”A
 

 
 
          




 いやはやビックリしたもんで。こちとら上陸を果たしたばかりの身だってのに、いきなり“兄ちゃんを返せっ”だ、穏やかな話じゃあない。そんな咄嗟の襲撃へと見事に反応し、こちらは結局剣を抜きもしないまま、相手の剣を素手にて封じて防いだクソ剣士に、そのまんま捕らえられた格好になって。家から勝手に大人のそれを持ち出したのだろう、サイズが全然合ってはいない、腰から提げるタイプの大きなショートソードを取り上げられてしまったのは。ルフィよりもチョッパーよりも、小さく幼い…まだ一桁くらいの年齢だろう、少し縮れた黒髪を小さな頭の左右に振り分けて結っていた女の子であり。この辺りの住民には普段着なのか、チロリアンテープでアクセントのついた、腰までの短い上着と裾丈のズボンは秋らしい栗色のコーデュロイ。民族衣装かなと思ったのは、上着は少し変わったデザインだったからで。両方の脇のところに、腕の幅で隠れるほどながら、別の布が挟まっていて。布が足りなくての補修ではなく、腕や上体が動かし易いようにというわざわざの工夫であるらしい。それが証拠にというのも妙な言いようだけれども、身頃は無地であるのにそこの部分には大きめの柄が入っており、腕の動きの端々で、ちらりと見えるのが何とも可愛らしくておしゃれ。丸襟のブラウスも少々厚手の変わった生地で、襟と袖口には丁寧な刺繍か、いやいや刺子だろう細かい縫い取りの模様が入っており、その丁寧さには、この子がどれほど家族から可愛がられているのかさえ覗けるほどの、そりゃあ愛らしいいで立ちなのだが、

  『リサのお兄ちゃんを何処やった! この緑頭の誘拐魔っっ!!!』

 そろそろ宵闇迫る時間帯だったってのに、こんな寂しいところへたった一人で乗り込んで来て。しかも、相手はこんな大きな図体の、ただの乱暴者だってのに臆しもしないで。お兄ちゃん想いの何〜んていい子なんだかねぇ。日頃からもあんまり素行が善さそうな人性ではないんだろよと思ってはいたが、こんな愛らしいレディまで困らせていたとは、何とも不貞な奴に違いなく。無礼にも摘まみ上げられてたゴツい手から降ろして差し上げた彼女を庇いつつ、そろそろ夜寒の気配がにじり寄って来ていたのでと、ウソップに組ませたバーベキュー用の竈
かまどの端っこで沸かしたお湯で、丁寧に練って淹れたココアを出してやりながら、こっちは断然、レディの味方になる準備も整っており。…そうさ、事情背景何てもんは一向に判っちゃいなかったが、こんな可愛い女の子が出任せを言う筈もないし、こんなところへ伊達や冗談で飛び出して来る訳もない。さぁさ、キリキリと白状して己の所業を悔いると良いぜ、こんの天然記念物っ!





            ◇



 もうすっかりと辺りは夜の帳に包まれており、天空にはいつの間にか蒼い月が出ていて、降りそそぐ月光が周囲の梢を青く濡らす。間近い細波の音に重なって、どこやらの茂みからのものだろう、秋の虫たちの奏でる涼しい合奏が聞こえ、秋の宵にはぴったりな雰囲気。そんな中へと立ち上がったのが、
「謝れっ!」
「はぁあ?」
 どんな事情かは全く全然知らないが、こんな小さなお嬢さんをこうまで怒らせるとは何とも不貞ぇ奴に違いなく…と思ったらしきシェフ殿が、唐突にゾロへと詰め寄ったので。まずは落ち着きましょうよと、珍しくもナミやロビンが手づから淹れたお茶やサンジ特製のココアにて、せっかく少しは静まっていた場だったものが。またぞろ騒ぎの気配をはらんであっさりと波立つ。
「こんな幼いレディに、しかもこんな夜陰の中、深い森の中までわざわざ復讐に来させるなんてっ! お前ほど罪深い奴はいないってんだっ!」
 相変わらずのレディ・ファースト。小さくたって女性は女性で、となれば男は二の次となるいつもの思考回路が立ち上がっての問答無用。すべてはお前が悪いんだからとの、叱咤を飛ばした彼であるらしく。とはいえ、それを大人しく聞くようなゾロではないから、場は再び 妙な活気を帯び始め、
「お前まで何を訳の判らんことを言い出すかな、このグル眉野郎がっ。」
 謝るも何も、俺はこんなガキに見覚えはねぇし、そん前にっ。俺らこの島には、たった今着いたところじゃねぇかよっ。ガキとは何だ、ガキとはっ! それにお前ほどの方向音痴はいねぇからな。どっかの島で行方不明になってた間に、ちょろっと此処まで来てたって事だってあり得ないとは言えんだろうがっ。
“いや、言えん言えんって。”
 二人の口喧嘩自体にはもう慣れたものではあったが、そんな中のサンジの突飛な言いようへは、ウソップとナミとがついつい顔の前にて“いくら何でもそれは有り得ん”とばかりに手を振って見せ、
「ゾロ、凄げぇーっ!」
 こちらではチョッパーが純粋に信じたらしく、大きな瞳をきらきらと、憧れの赴くままに輝かせてたりしたのだが。
(おいおい) そんな中、

  「あんな? お前サ。ゾロがどうしてお前の兄ちゃんを取ったって思ってんだ?」

 そんな周囲の喧噪も何するものぞ。彼に限って言えば…何を思ってのことなのか。珍しくも一番適切なこと、可愛らしい闖入者へと直接問うていたのがルフィであり、

  “こ、これはっ!”
  “話をややこしくすることにかけては、誰の追従も許さないルフィがっ。”
  “極めて真っ当なことを訊いている。”
  “せっかくのお祭りなのに嵐でも来るんじゃないかしら。”
  “ウチの無敵伝説もこれで打ち止めか?!”

 こらこら待てって、皆の衆。
(苦笑) もしかして、これはこれでルフィも気が動転していての、異様で異常な発言なのだろうかとまで思われている中。(こらこら) 当然のことながら、そんな事情は全く知らないお嬢ちゃん。これもまた当然っちゃあ当然のことながら、まだどこか警戒しつつも、子供の自分を庇ってくれてるらしき黒いスーツのお兄さんから渡された、温かいココアを満たしたマグカップをお膝に見下ろしつつ、
「だって…。」
 上手く言えないのか、それとも何でわざわざ言う必要があるのと思ってのことか、膨れ半分に口ごもったものの、
「なあおい。俺は、つか、俺らはこの島にはたった今到着したとこなんだぜ?」
 大きな手を後ろ首に回し、覚えのないことへの困惑丸出しという表情にて、彼女にとっては“容疑者A”であるらしき剣豪も口を出す。相手が子供だからだとか、女の子だからということからではなく、冗談抜きに身に覚えのないことなので。それ故に彼もまた、何が何だか、怒ったり迷惑に感じたりする以前、ただただ戸惑うばかりというところであるらしく。そんな点へは…コックさん以外は
(笑) 皆して同感でもあったので、囃し立てて話を掻き混ぜることもなく、彼と同じように真摯な沈黙をこさえた上で、ややこしい騒動を持ち込んだ小さな珍客を見守れば、
「だって、あたし、見てたんだもん。」
 竈で囲んだ中に明々と燃える焚き火に、柔らかそうな頬を照らされつつ。渋々ながらも、重そうなお口がやっと動いて。相変わらずにゾロを睨み上げながらも、自分が抱えて来た恨みの正体とやら、ちこっと吐露してくれたのだけれど。

  「昨夜の宵々宮、坂町の縁日で。
   ウチの兄ちゃんがずっと張り付いてた
  “どれどれどっこ”の当てものやってた兄ちゃんでしょ? あんた。」

  「………はい?」

 なな、何だかよく分からない単語が幾つか。
「今夜がこの島での収穫祭の“宵宮”だってから、宵々宮といや昨夜のことだな。」
「坂町というのはきっと地名だ。」
「で、最後の“どれどれどっこ”ってのは?」
「縁日の当てものっていうことは、屋台で出てたゲームか何か?」
 この島の住人でなければ判らないものなのだろう、様々な“専門用語”へと小首を傾げる皆であるのへ、
「そんなして惚けたって無駄なんだからっ!」
 お嬢ちゃんの方だって必死だからか。どこかムキになって“誤魔化されないんだからっ”と吠えたものの、
「惚けたってしょうがないでしょうよ。」
 けろっと応じたのは…最初の突飛な騒ぎにはさすがに慌てたものの、今はそのパニック状態からも一応脱却している航海士さん。
「お兄さんを攫われたとかいう今のあんたが、こっちが何を言ったって信じらんない状態にあるってのは重々判るけど。」
 こっちからすりゃ、あんた自身だって…もしかして海軍関係のスパイかもしれないと怪しむところではあるけれど。さすがは冷静で用心深いお姉さん。一応、そこまで考えてもいたらしいところを、それにしちゃあ突飛すぎる闖入だったのでと。彼女の言い分、取っ掛かりだけは信じるとしたのだろう。そんな上でのまずはの前置きを述べてやり、それから。
「考えてもご覧なさい。あたしたちがあんたが思っているような…人攫いも辞さないような悪党だったとしたならば。小さな子供一人を相手に、どうしてわざわざ色々と理屈を捏ねて誤魔化さなきゃならないの?」
 ナミが並べた言い回しの意味が掴みかねたか、
「???」
 キョトンとして小首を傾げてしまった彼女に代わり、
「それもそうだよな。」
 少女よりも…やはりキョトンとしているルフィやチョッパーたちよりも先に、成程と合点がいったらしきウソップが、も少し細かく噛み砕いてくれたのが、
「何も“穏便に”と構えずとも、こんな小さいおチビさん。攫った兄貴と同様、引っ括って閉じ込めておけば良いだけのこと。」
 本当に“誘拐犯”とやらであるんなら…というのを後回しにしたがため、
「そーか、お前が真犯人か。」
「いいからキリキリ白状しなっ!」
「な、何言い出してんだっ! お前ら、こらっっ!」
「みそ困ったぞ、ウソップっ!」
「…それも言うなら“見損なった”だ、チョッパーよ。」
 どこまで本気なのだか、話の行方や傾きへこうまで一喜一憂するところも相変わらずで。賑やかなことだが、それにしたって、
「てぇ〜い、話が進まないでしょーがっ!」
 あんたら喧しいぞっと、航海士さんが女だてらに一喝すれば、

  「………はぁ〜い。」×@

 タイミングもあってのことだろうが、男衆たち全員があっと言う間に押し黙るから恐ろしく。
「…もしかしてあの人があんたたちのボスなの?」
 何故だか少女までが身を竦め、すぐ傍らにいたのでと寄り添い合ってしまってた麦ワラ帽子の少年へと訊いたらば、
「い〜や、違うぞ。ナミは航海士だ。」
「あたしだって、こんな連中の頭目なんて御免です。」
 すかさず言い返したナミさんの“あっかんべ”が決まったところの、何とも軽やかな言い合いの連携へ、

  「あ………。」

 リサと名乗った少女が何にか気づいたらしく。
「え?」
 大きな褐色の瞳からじわじわと涙が滲み出したのへ、さしものルフィも少々慌て、あたふた周囲を見回してから、ロビンが間近に咲かせた白い手づたいに差し出してくれたハンカチを、ササッと素早くリレーしてやる。
「泣くなってばよ。その、なんだ。お前の兄貴、俺らも探してやるからよ。」
「(えく…)だって、あんた、らが…攫っ、た、んじゃないの?」
 まだまだ警戒は解かない少女が言い返すのへ、
「だから。俺らは本当に、今さっきこの島へ上陸したばっかなんだってば。」
 そりゃあ、こんなややこしいとこに居たんだ、怪しまれてもしょうがないのかも知れないけどよと、これはウソップが言葉を足して、
「あなたもまた、こんな寂れて人気もないところに運んでいたということは、こっちの方にっていう心当たりがあったのかしら。」
 ロビンが訊いたのへ、やっとのこと、お顔を上げたリサちゃんは、
「こっちに来たのは、坂町に屋台を出してるおじさんたちが、いつものお宿に泊まってなかったからなの。」
 何とか少しはほだされてくれたのか。自分がその小さな懐ろへと抱えてた、疑念や心配がごっちゃになった胸の裡
うち、やっとのことで、ぽつりぽつりと語り始めてくれたのでありました。

  「あのね? 収穫祭の時には、
   町中の道っていう道のあちこちに、市場の屋台や夜店が出てね。
   その中でも鎮守様の神社まで続く道なりには、
   夜祭りを見に来る人が目当ての夜店がずらって居並ぶの。」

 ちょっとした軽食や飲み物に、この島の名産品や祭り名物のお土産。子供を当て込んでの玩具に、時間つぶしのお楽しみ、景品付きの輪投げや射的といったゲームなどなど、お祭りの賑わいには付き物な夜店があれこれ、境内までの道に並ぶのもまた、毎年の恒例であるらしく、
「“どれどれどっこ”の当てものっていうのも、その中の一つなのね?」
 自分たちには生憎と耳なじみがなかった名前だったが、ナミが陣いたのへリサちゃんが頷いて見せ、
「あのね、このくらいの板に丸が書いてあるの。」
 自分のお顔から胸にかけてという中空へ、両手の人差し指で左右にカクカクと大きめのハンカチくらいの四角を描き、続いてその中へとやっぱり見えない円を描いて見せ、
「そいで、真ん中に時計みたいな針が一個ついててね? それをグルグルって回して、どこに止まるかを当てるゲームなの。」
 まだ7つか8つくらいの女の子にしては、きちんと説明出来ている方で、
「そっか、ルーレットみたいな当てものなのね。」
 よ〜く判ったわと、ナミが柔らかく笑って相槌。
「???」
 ルフィやチョッパーなど、まだちょっと理解が追いついていなかった手合いたちへは、ウソップが自分が持ってたお茶のカップと、その中に突っ込んであったスプーンで補足の説明。
「だから。その丸の中を、ケーキを切るみたいに何本かの線で色んな大きさの扇形に仕切っといてだな。」
 縁からはみ出してたスプーンの柄の先を指先で摘まみ、縁に添わせたまんまでくるりと回して見せながら、
「その上をぐるぐると回るように取りつけた針の先が、こんな風に回したらどこで止まるかを、客に賭けさせて遊ぶゲームだよ。」
 幅の狭いとこには止まる確率も低いから、そこで当たれば2倍の商品がもらえるとか、特別の印がついてるところで当たったら倍率も違うとか、仕組み・仕立ても簡単な、他愛のない“当てもの”ではあるけれど。運を天に任せてというところが、ハマれば結構熱くなるかもしれない賭け遊びでもあり。それが発展した“ルーレット”が、古今東西、世界各地のカジノ場に必ず据えられてあるのからして、推して知るべしというところ。
「でも、夜店のっていや、せいぜい子供相手の当てものなんだろう?」
「どんな賞品が当たるんだ?」
 そうそう大層なものが出るもんなのかとウソップとチョッパーが訊くと、
「…これ。」
 小さなリサちゃん、コーデュロイの上着のポケットへと小さな手を突っ込むと、何かを掴み出してその手を広げる。そこへちょこりと載っていたのは、一応はきらきらと磨かれた鏡面仕立ての、金色の葡萄のマスコットだったけれど、
「これって純金なのか?」
 だったら凄いぞと少しほど声を張ったチョッパーへ、
「残念だけど違うわね。」
 ナミがくすりと小さく笑う。
「それほど いびつじゃあないから、いい加減な作りではないけれど。そんなに高くもないメッキの玩具よ。」
 それはリサちゃんにも判っていたことであるらしく、こっくりと頷いた彼女ではあったが、
「…攫われたお兄ちゃんってのは、リサちゃんよりどのくらい年上の子なのかしら?」
 話の成り行きから、そんな他愛ないお遊びに熱中するような子供を誘拐するとは何て非道な…という憤りが皆の間で起きかけたものの、ちょっと待ってと。何かが引っ掛かったような声を出したナミさんであり。こんな小さな子供が剣を引っ提げてという結構な覚悟を抱えて、思い詰めてしでかしたことを軽んじるつもりはないけれど、一応の確認として訊いてみたところが、
「あのね、うっとね。」
 ちろりと上目遣いになり、周囲を撫でた視線が止まった先にいたのが…ウソップだったりし。
「…こいつくらいだったのね?」
「うん。」
 十九だよと指を立てたから、
「…俺は十七だ。」
 いや、そういう話をしている訳では。

  「十九っていったら、ゾロかサンジだよな。」
  「えーっ、ウソっっ!」
  「だっはっはっはっ…vv そーだろ、見えねぇよなあ♪ 老けてるもんなぁvv」
  「悪かったな、伊達男で。」
  「そんなこと言ってねぇよ、誰も。」
  「そう言うルフィだって十七には見えねぇだろがよ。」
  「え〜〜〜っ、こっちの兄ちゃん、十七歳〜〜〜〜っっ!?」
  「見えねぇよな?」
  「チョッパーなんかこれで十五歳だ。」
  「なんだとーっ! これでとは何だ、これでとはっ!」

 こらこら、あんたたち。ちょっとはシリアスな話だったもんが、一気に弾けてしまったが、

  「ちょっと待って、ちょっと待って。」

 ナミが両手を扇ぐように振り回して異様な盛り上がりを宥めてから、あらためてリサちゃんへと訊いたのが、
「十九歳って…そんなお兄さんが夢中になって張りついてた訳? その“当てもの”のゲームとやらに。」
 賞品はたかだか、子供だましなメッキのマスコット。もっと難しいのに当たったならば、もう少しは高価な物も貰えたのかもしれないが、それでも…十九歳にもなった、大人に間近い青年が、夢中になったりムキになったりするほどの遊びとも思えないのも譲れないところであり、
「でも、お兄ちゃんが行方不明になってるには違いないんだろ?」
「うん…。」
 やっぱりしょんぼりしちゃうリサちゃんへ、
「お兄ちゃんっていうのが子供じゃなさそうってのには、最初から気がついていたわよ。」
 こちらはロビンさんがちょっぴり眉を下げて見せ、
「? 何でだ? ロビン。」
「だって。小さい子供が昨夜から行方不明だっていうのなら、町中巻き込んでというほどの騒ぎにはまだならずとも、最低限の警戒として。このリサちゃんだってそうそう簡単には外へ出してもらえなかった筈だもの。」
 どんなにお転婆であれ、親御さんがきっと普段以上に目を離すまい。この子までもを攫われてなるものかと、手をつないでだっていようからと言い足せば、
「…でも。リサ、見たんだもん。お兄ちゃんとか、近所のおじさんとか。“どれどれどっこ”のお店でずっと遊んでた。」
 そこにいたのを見たのが最後だったからか、どうあっても忘れられないままな彼女であるのだろう。それでまた初志を思い出したか、分厚い胸に腕を組んでという、いかにも不遜な姿勢のまんまで突っ立っている剣豪へ、敵対心が丸出しというお顔になったものの、
「……………。」
 今度はゾロも軽く息をついただけで、大仰に振り払う気配はない。それのみならず…さっきまではリサちゃんを加勢して彼を責め立てていたサンジまでもが、何にか気づいたというような顔になっており。それを見ていて、

  「…ははぁ〜ん。」
  「成程ね。」

 女性陣たちへもピンと来たらしく。
「何が“成程”なんだ?」
「なあなあ、ナミ〜〜〜。」
 依然として事情とやらが不可解なまんまなお子たちが、教えろよ〜とやんやとおねだりするのへと、
「だから。子供にはお菓子や小さなマスコットをあげるだけのゲームだけれど。そのマスコットが、どこかへ持ってけば、1つにつき幾らってレートでお金と交換出来たらどうなるかしら?」
「お金と交換?」
 まだ飲み込めないらしいところへ、
「だから。この金ブドウのマスコットのままじゃなく、そうね、1つにつき500ベリーと交換しましょうなんてところがあったら? マスコットは要らないけれど、1つあればタコ焼きとジュースくらいのお代にはなる訳だから。」
 子供も遊べるなら、掛け金は大した額じゃなかろう。もらえるマスコットの原価になるかどうかというほどの小銭単位である筈で、
「1回 50ベリーだったのに?」
 リサちゃんがキョトンとしながら答えたのへ、
「あ…。」
「そうか。」
 ようやっと。お子様たちにも納得がいったらしい模様。10個集めれば5000ベリーになるのなら、500ベリーつぎ込んだって損はない。マークによっては二倍なんてルールもあるのなら、ますます熱くもなろう。祭りや花見など、大元は神聖な儀式ではあれど、押しかける見物の客を目当てにした遊興関係の色合いも濃いような…ちょいと雑多な空気の満ちる催しものともなると。得体の知れない種の輩も、人出のどさくさの中へ紛れ込み易いもの。そういうものへの理解や把握ならば、酒場やそこに集う荒くれの嗜みとして、ゾロやサンジには縁がないではないものだけに。そんな怪しい出し物だったんではないかと、とうに察しがいっていたのか口数も少ないままでいた男衆たちであったのだろう。そして、
「きっとそこって“窓口”だったんじゃないのかしら。」
 そうと付け足したのが、ロビンお姉様。
「この島にはカジノはないでしょう? だから、賭け事の面白さってものに馴染みが薄い人を乗せるのも容易かったのかもしれない。」
 カジノのように、若しくは日本にもある各種公営とばくのように、商売としての博打を大っぴらに認めている場合、経営・運営者には様々な義務やら条件やらが課せられる。賭けの方法とその執行に不正行為が万が一にも生じないように、いかさまが割り込めないように厳しい罰則つきの制約・規則を立ち上げ、それを厳守することと。そこへと流れ込み、勝ち配当として支払われるお金の流れを明確にすること。胴元はまずは損をしないと言われるのが賭博なだけに、そういった規約もきっちりしていて、そこに集まる莫大なお金は、そりゃあ公明正大に管理運営をその筋の役所へ報告する義務を果たさねばならず。課せられる税金も馬鹿にはならないそうだから、そうそう簡単には始められるものではない。だが。そうは言ってもなかなか廃れず、むしろはびこるのもまた“賭博”であって。
「羽目を外したい連中に、こっそりと“交換所”の存在をほのめかしてあったなら。大人だって熱中するでしょうし、その交換所で、もっと大口の博打はどうです?なんて声がかかったら?」
「そっか。窓口代わりの縁日のお遊びの段階であんまり損をしなかった人だったなら、案外と乗りやすいかも知れないわね。」
 それに…と、ナミが、いやさこの場にいた大人組の全員が思ったことがもう1つ。その当てものの夜店では、いかさまが行われていた可能性だってある。針を回す盤の下、磁石か何かを仕込んでおいて、さも自然に止まったように見せての“一人勝ち”なぞさせた上、いやお兄さん今日は運が良いねぇなんておだてれば、客はあっさりと熱くなる。

  “まあ、そこまで話を大きくしても何なんだけれど。”

 となると、このリサちゃんが心配しているお兄さんとやらは、ただ単に…そういう賭場へと連れ込まれ、今頃むしられている最中なだけなのかも知れずで。
“う〜〜〜〜ん。”
 だとすれば。冷たいようだが、そのお兄さんには自業自得な面もなくはない。お祭りに浮かれての羽目の外し過ぎ、借金を山と作らされて懲りた方がいっそ本人には良い薬となるやも知れないが、
「………。
(くすん)
 小さな肩を震わせて、大きな褐色の瞳をまたぞろ潤ませ始めたリサちゃんの、この…大冒険じみた大胆な敵討ち(ただし、的は大きく外れていたが)には、やはり心動かされるものもあり。

  「ま、ウチの馬鹿剣士が、その誘拐犯に似てたらしいことが、
   奇縁の巡り合わせといえば巡り合わせなのかも知れないってことなのかしらね。」

 ナミさんが肩をすくめた傍らで、ロビンさんが“うふふvv”とこれまた楽しそうに微笑んで見せ、

  「そだな。しゃあないわな、こりゃ。」
  「うんうん、しゃあない・しゃあないvv」

 ルフィが笑い、チョッパーとウソップがハモっての合いの手を入れたので。
「…え?」
 何をどうと、彼らが納得したのかが、判らないままなリサちゃんへは、
「心配要らないよ? お姫様。」
 あくまでもフェミニストなシェフ殿が、それはにっこりと笑って見せて、
「今から、リサちゃんのお兄さんを助け出しに行くからね?」
 それで俺たちへの疑いが晴れるなら、お安い御用だと。それはそれは優雅に笑ってくれたので。お顔を引き締め、勇ましくも乗り込んで来た小さな剣士のお姫様、当たり前ながら…ずっと緊張し切ったたお顔でいたものが、
「ふや…。///////」
 やっとのことで…ふにゃりとばかり、小さく小さく笑ってくれたのでありました。












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  *相変わらずにお節介といいますか、
   人のいい海賊さんたちであるらしいです、ウチの彼らは。
(苦笑)